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日々感じること。心のままに。 私の病気の事、仕事やプライベート、心の中の事をありのままに。

父の事を…


ここ数日、両親が登場しているのですが、今日も父との思い出話を少し書いてみたいと思います。
私の父は戦後生まれの、現在71歳です。
以前ブログにも書きましたが、父が会社を一旦整理し縮小した時に、私はその手伝いを数年していた時期があります。


スーパー等の衣料品、よくある安い価格帯のジーンズやトレーナー等の量販の卸業です。
方や母は、オーダーメイドで一着数万〜数十万の洋服。
同じアパレルの仕事といっても、ピンからキリまでの世界ですね(笑)



週に数回、大阪・京都・滋賀等の店舗を車でまわり、店頭を整理して、注文を取ってくる仕事でした。
でも正直、私にはむいてないと言うか…楽しくなかったのです。自分が着たいと思う服でもないし、スーパーの衣料品売場も私はあまり好きにはなれませんでした。
誰でも出来るルーティンワークで、私にとっては退屈な仕事でした。



それでも、父の再起の手伝いをしたかったし、黙々と仕事はしていたのですが、ある日父に正直に話します。
「 申し訳ないけど、自分の仕事に集中したいの。このままやと、どちらも中途半端になるから、パパのお手伝いをやめてもいいかな。」と。



父は『 そうか、今まで悪かったな。助かったよ、ありがとう。そや来週から信州方面に1週間程出張するから、最後に一緒についてこえへんか?』と。


そして私は、その信州の出張で父の事を初めて深く知る事になります。



【 過去記事 】自己紹介の続き - yumi-fields


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出張は景色の良い場所ばかりで、旅行気分でとても楽しかったのです。
諏訪神社や、軽井沢も立ち寄ったりで、ドライブ旅行のようなものでした。
あぁ、父はいつもこんな所を走りながら、全国を飛び回って仕事をしてたんだなぁと。



そして、行く先々での取引先様から、私はたくさんたくさん父の話を聞く事になります。あの大変な最中、父が殆ど家におらずに、何をしていたのか、その時の話をあちこちで聞いたのです。




『 君のお父さんはとても誠実な人だ。大変だったね。あれはどうしようもなかった。あの時うちに真っ先に連絡くれてね。』


『 君のお父さんは大変な目にあったけど、大丈夫だよ。当分大きな商いは出来ないけど、僕達も皆んな応援してる 』


『 何でもいい!こっちで売ってあげるよ!持って来てくれたら協力するから!』


どこに行っても、よく来てくれたと歓迎されたのです。あの当時、きっとたくさんご迷惑をかけた事と思います。そんな父に、激励の言葉ばかりで、私は初めて父がどんな気持ちで日頃お付き合いをしていたのか、心の底から分かったのです。



ある会社の社長から言われた言葉は、今も忘れません。

『 あの人はね、一切逃げずに、自分までで食い止めようと、私達の為にも必死に動いてくれたんだよ。自分の社員さんの再就職先も駆けずり回って頭を下げて決めてきてね。社員とその家族も含めて全員が路頭に迷わないようにと。あんなに誠実な人はいない。君はお父さんからたくさん学ぶといい。』



私ね、心のどこかで父の事を恥ずかしいと思ってたんです。父親としては言う事ないけど、経営者としては尊敬できないと。
来月不渡りになる、と分かったその一ヶ月は大変だったんです。
家を出ないと行けないのかなとか、この先どうなるのか、私は自分の事で精一杯だった。父のしている事を見る余裕なんて全くなかったのです。



社員も数十名で、年商も10億足らずの小さな会社だったけど、父はその時を精一杯生きたんだなと。
きっとそういう事態になった時には、もっと上手くする方法があったのかもしれません。でも、父は銀行にも先に話をし、とにかく迷惑をかけるであろう所には全て連絡をしたそうです。逃げ隠れもせず、上手い事も出来ず、良い悪いではなく、それが私の父親なのです。



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出張先で、ある社長が言って下さった言葉です。


「 君のお父さんはね、人柄が良い。掃除をしてる人にも、お茶を出してくれた人にも、どんな立場の人にも分け隔てなく丁寧な言葉使いなのを見て、一緒に商売したいと思ったんだよ。」


早朝、一番に店を見に行く。ここは必ず契約を取りたい!
アポなしで行ってみる。朝、掃除をしている年配の方に、社長は何時頃にいつも出社をされるか確認。9時頃なら来られてるとの事。
次の日、社長室に入ってびっくり、昨日の掃除してた人が社長だった!
よし!32店舗の契約が取れる!

……………………父の営業日誌より



まだ若かりし頃の父が書いていた、営業日誌です。
後にこの日誌を読んだ時、あぁあのお店だなとか、あの社長さんだなとか、日誌とリンクしているととても嬉しくなりました。



何冊もあるこの父の日誌は、今や私の宝物です。
初めてこのノートを見た時は、父の姿が目に浮かび、涙が溢れて止まりませんでした。こうやって一生懸命仕事して、私達の生活が成り立っていたんだと。
感謝するって、有難いってこんな気持ちの事だなって。



父親としては尊敬できても、経営者としては尊敬できない。と私は正直ずっと思っていました。父の事を恥ずかしいと思った時期もありました。


でも今は、人として父を心から尊敬しています。


最後に……
ずっと気になってる事があって。
その時の出張先で、父が言われていた言葉が…(笑)

『 福ちゃん( 父 )の 新しい彼女? えらい今回 若いな〜 』

「 何言うてるん! 僕の娘や! 」


…新しいって何? 今回って? (笑)