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日々思うこと。心のままに。 私の病気の事や、 仕事やプライベート、家族や子育ても含めて、 心の中の事をありのまま書いてみようと思います

母との確執 ①




母が昨日夢に出て来たから、やっぱり書いておこう。
ここ数日、何となく上の空みたいなblogになっていて。
自分でも何だか、うわべだけのどうでも良い事を書いてる感満載で(笑)
心に何か引っかかったまま、先には進めないね。
今やる事いっぱいで、楽しい事続きなんだけど、心の中の何かを避けて通るってやっぱり無理だね(笑)



私が母とはどうしても分かり合えなかった事がなんなのか。ちゃんと書いておこうと思う。
あの頃、もちろん日々喧嘩をしていた訳ではないし、家族も基本仲良かったしね。
普段は笑顔だし、楽しい事もたくさんあった。
ただ深い話をし出したら、必ず噛み合わなかった。
だから、なるべくそんな話は、お互い避けてたと思う。



私は本当に生意気な娘だったと思う。
前にも少し書いたのだけど、阪神淡路大震災の年に、父の会社がダメになった。
新聞にも載る程の出来事で、父の会社も連鎖倒産に巻き込まれた形だった。
その時はもう、私も弟も社会人になってたので、何とかやっていけたのだと思う。



私は、あの頃の母がどうしても許せなかった。
母が父の小言を私に言うようになった事もあったのだと思う。私は母の口から毎日でる溜め息や、愚痴が心底嫌だった。グチャグチャ文句を言ってる暇があったら、手に職があるのだから稼ぐ事を考えろと思っていた。
でも母は動かなかった。



後から思えばね、心が疲れすぎて動けなかったのかもしれない。私の知らない事が、きっともっとたくさんあったのかもしれない。
でもね、家が、自分の旦那が、大変な事になってる時に
他人事みたいな態度で、大変大変って言ってるみたいで
ママ、何やってるん?ってずっと思ってたのよね私。
父の事より、あの頃は母の態度が許せなかったのよ。



私だったら、家族の生活を守る為に何でもしたと思う。
妻だったら、何だってどんな事だってしたと思う。
自分の旦那を突き放すのではなく、全力で守ると思う。
それが夫婦だと思うから。だって人生色々あるやん。
良い時だけじゃなく、夫婦やったら悪い時も一緒やん?
六畳一間の生活になったとしても、自分の旦那を必ずまた表に出させてみせるって、必ず成功させてみせるって、私なら頑張ったと思う。
それが私と母の性格の違いなのかもしれない。




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私はお嬢ではないけれど、物心ついた頃から経営者の娘の扱いをされていたし、良い生活もさせてもらってたと思う。
父を見ながら、私も30には自分の会社を創るんだと、ずっと思ってきたから。
だから、父とはたくさん話をした。
普通の父娘以上のつながりがあったのだと思う。
でも母とはそんな話はほとんどしなかった。



そんなこんながあって、何とか目処がついてきたある日
母が言った言葉が、どうしても引っかかったの。



『 ママはパパをずっと見て来たからね。ずっと一緒にやって来てんからよくわかるのよ。』



母のサラッと言った言葉がなぜか許せなかった。
ずっと黙って聞いてたのに、私も言わなくてよかったのに、その時に母に言ってしまった後悔してる言葉がある。



『 あのさ、ママはずっと助手席に座ってただけやん? 運転席の景色とは全然違うよ。ハンドルを握ってる本人とね、横に乗ってるだけの人とは違う。同じ車に乗ってても、同じ景色を見ていても、視えてるものが全く違うねんよ。ママは分かってないと思う。私はパパの気持ちがもの凄く分かるよ。』



って、言っちゃったの……。
あなたは横でずっと見てただけで、経営者ではない。
パパと同じ思いなんて、してないやん?って。
吐いた言葉は二度と返ってこないね。



「 あんたは何でも知ったような顔して。その目が嫌い。何もかも見透かしてるような、その目がホンマに嫌い。あんたとは分かり合えないわ。」



母が私に言った言葉が。
あの時に、私を睨みつけて言った言葉が。
あんたって。
私の事を娘ではなく他人のように、あんたって言った母の事が、私も忘れられない。



夏の暑い日に、ベランダの花の水遣りの手を止めて、母が私に言った言葉。今でも胸がキュッとなる。


それなのに。こんなに母に似てきてしまった…。


【 過去記事 】
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